コンペに落ちた。
でも。一番悔しかったのはそこじゃなかった
コンペに落ちた。
結果発表のページを開いて、自分の名前を探した。
何回か見返したけれど、やっぱりなかった。
その瞬間は、「あ、落ちたんだ」と意外と冷静だった気がする。
でも、時間が経つにつれてじわじわ効いてきた。
その日は、一日中そのことばかり考えていた。
仕事をしていても、移動していても、ご飯を食べていても、頭のどこかにずっと引っかかっている。
悔しかった。
でも今思うと、あれは悔しいというより、怒りに近かった気がする。
「なんで落ちたんだろう」
「何がダメだったんだろう」
そんなことばかり考えていた。
自分の中では、それなりに頑張ったつもりだった。
時間もかけたし、何度も修正した。
だから余計に、結果を受け止めきれなかった。
次の日、改めて受かった作品を見てみた。
そこで、少し冷静になれた。
受かっている作品は、やっぱりちゃんとしていた。
レイアウトが整理されていて、情報が見やすくて、全体にまとまりがある。
見た瞬間に、「あ、完成している」と分かるデザインだった。
じゃあ、自分の作品はどうだったか。
もちろん、悪い部分だけじゃなかったと思う。
配色やあしらいは、自分でも結構気に入っていた。
でも、最後までレイアウトが決めきれなかった。
制作中、ずっと小さな違和感が残っていた。
「なんか違う」
でも、その“なんか違う”が何なのか、自分でも最後まで言葉にできなかった。
余白なのか。
情報量なのか。
視線誘導なのか。
全体のバランスなのか。
修正しても、少し動かしても、また別の場所が気になる。
その繰り返しだった。
気づけば締切が近づいていて、最後は半分勢いみたいに、「えいや」で提出してしまった。
提出した瞬間も、どこかで分かっていた気がする。
「ああ、まだ磨けたな」って。
デザインの師匠は、いつも言っている。
「一旦できたと思っても、あと30%磨き込め」
当時は、“細かい調整を頑張れ”くらいの意味で聞いていた。
でも今なら、少し分かる気がする。
その最後の30%って、
ただ装飾を増やすことじゃない。
最後まで違和感から逃げないことなんだと思う。
見て見ぬふりをしないこと。
「まあいいか」で終わらせないこと。
ちゃんと、自分で納得できるところまで向き合うこと。
今回のコンペで、私はそこまで行けなかった。
改めて見返しても、自分の作品は悪くはないと思う。
でも、突き抜けるほど磨き切れてもいなかった。
だから、落ちたことそのものよりも、
最後までやり切れなかったこと。
自分の違和感に向き合い切れなかったこと。
本当に悔しかったのは、たぶんそっちだったんだと思う。



30% 数字は不確かかもしれないけどすごく腑に落ちます
なんか違うなあはだいじなサインですね
言語化することへ真摯に向き合ってて、心打たれました🥹