いいコミュニティの条件
──Studioの作業会とSubstackに共通していたこと
あれはなんだったのだろう。
私は普段から、オフラインの交流会や勉強会によく参加している。
新しい出会いがあり、学びもある。どのイベントにも、それぞれの良さがある。
でも、先日参加したStudioの作業会には、それらとは少し違う空気が流れていた。
あれはなんだったのだろう。
帰宅の途中、そのことが頭から離れなかった。
参加者はみんな優しかった。
初めて参加した人にも自然に声をかけ、質問には丁寧に答える。
誰でもウェルカムな雰囲気があり、コミュニケーションそのものを楽しんでいる。
「教える人」と「教わる人」という関係ではなく、「一緒につくる仲間」という距離感だった。
参加していた人たちは、デザイナーもいれば、エンジニアもいる。フリーランスも会社員もいる。
立場も経験も違う。
それでも、「Studioが好き」という共通の気持ちがあるだけで、自然と会話が生まれていた。
「こんな使い方があるんですね。」
「その発想は面白いですね。」
知識を競うのではなく、お互いの発見を喜び合う。
そして、もう一つ印象に残ったことがある。
「これから、この場をみんなで育てていこう。」
そんな空気が流れていたことだ。
完成されたコミュニティではない。
誰かが用意した場所を楽しむだけではなく、参加者一人ひとりが、この場をもっと良くしていこうとしている。
作業会が終わるころには、参加者それぞれが「また次回」と再会を約束していた。
その日の午前中までは、ほとんどが「初めまして」だった人たちだ。
それなのに、不思議と「初めまして」という感覚がしなかった。
もしかすると、それは「Studioが好き」という共通の気持ちがあったからかもしれない。
好きなものが同じだと、人は自然と心を開く。
「また会いたい。」
そう思える関係は、時間の長さではなく、どんな時間を共有したかで生まれるのだと感じた。
帰り道、私は考えていた。
いいコミュニティって、何だろう。
いいコミュニティには、受け身の人が少ない。
分からないことがあれば、自分から質問する。
知っていることがあれば、惜しみなく共有する。
初めて来た人がいれば、自然に声をかける。
誰かに場をつくってもらうのを待つのではなく、自分もその一員として、この場を育てようとしている。
一人ひとりが、自分で考え、自分から動く。
そんな人たちが集まるから、コミュニティには自然と活気が生まれる。
そう考えていたとき、ふと、ある場所が頭に浮かんだ。
Substackだ。
Substackにも、どこか同じ空気がある。
書くことが好きな人が集まり、誰かの記事を読み、自分も書き、コメントを交わす。
誰かが完成させた場所ではなく、一人ひとりが少しずつ文化を育てている。
だから居心地がいいのかもしれない。
AIの時代になり、知識や情報は以前より簡単に手に入るようになった。
だからこそ、これから価値を持つのは「何を知っているか」だけではない。
どんな人たちと学ぶのか。
どんな場を、一緒につくっていくのか。
Studioの作業会で感じた空気は、その大切さを改めて教えてくれた。
あれは、単なる作業会ではなかった。
「好き」という共通の想いを持った人たちが、自分たちの手でコミュニティを育てようとしている、その場の空気だったのだと思う。
あなたには、最近「また行きたい」と思えた場所がありますか。
もしあるなら、その理由を少し考えてみてください。
そこには、いいコミュニティに共通する何かが隠れているのかもしれません。



ゆいさん、とっても共感しながら拝読しました。これまでの「競争の時代」から、これからは「共創の時代」。昨今あちらこちらで実感しております✨改めて大切な気づきをありがとうございます!
ゆいさん、こんばんは!
誰かがつくった場所を楽しむだけではなく、みんなで育てていく。
そんなコミュニティって素敵だなと、改めて思いました🥰